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東京地方裁判所 昭和45年(ヒ)303号 決定 1971年4月19日

申請人 島田武

被申請人 王子製紙株式会社

主文

1、別紙目録<省略>記載の株式中、(1) ないし(5) の株式合計一万三、七四五株の買取価格を一株につき金四三円と定める。

2、別紙目録記載の株式中、(6) の株式一万株について買取価格の決定を求める申請人の申立てを却下する。

理由

申請人は、別紙目録記載の株式の買取価格の決定を求める旨申し立てた。その理由の要旨は、

「(一)、申請人は別紙目録記載の株式を所有しているところ、昭和四五年五月二六日開催された北日本製紙株式会社(以下「北日本製紙」という。)の株主総会において、被申請人を存続会社とし、北日本製紙を解散会社とする吸収合併の契約書を承認する決議がなされたが、申請人は、当初より右合併には反対だつたので、右総会に先立ち北日本製紙に対し書面をもつて合併に反対の意思を通知し、かつ総会において右合併契約書の承認に反対した。そこで、申請人は、右決議の日より二〇日以内に北日本製紙に到達した書面で同会社に対し、申請人所有の右株式を買い取るべき旨の意思表示をし、その後同会社と買取価格につき協議したが、決議の日から六〇日以内に協議がととのわなかつた。

(二)、被申請人は昭和四五年一一月三〇日右合併の登記をしたので北日本製紙の一般承継人となつた。

(三)、よつて、申請人は、商法四〇八条の三第二項、二四五条の三第三項の規定にもとづき、右株式の買取価格の決定を求めるものであるが、その価格は、買取請求時における北日本製紙の純資産額八四二億五、四三六万八、〇七四円(昭和四五年三月三一日現在の貸借対照表上は二二億七〇万七、九七四円であるが、これは、土地・山林および植林を合計八億二、〇五三万六、六〇一円と評価していることによるもので、右土地等の実際の価格は少くとも右額の一〇〇倍を下ることはない。したがつて、右額の一〇〇倍である八二〇億五、三六六万一〇〇円と貸借対照表上の純資産額をあわせたものが本当の純資産額である。)を発行済株式総数二、八〇〇万株で除した価格、すなわち一株当りの純資産額たる三、〇〇九円八銭四厘五毛に、北日本製紙が合併しないで存続したならば得られるであろう一株当りの予想利益九円四八銭(少くとも今後五年間毎期第四一期から第四四期までにおける純資産の平均増加額程度は純資産が増加すると考えられるので、その合計額二億六、五四三万九、九八〇円を前記発行済株式総数で除すると九円四八銭となり、これが一株当りの予想利益である。)を加えた額三、〇一八円五六銭四厘五毛をもつて相当と思料する。」

というのである。

よつて判断するに、本件各資料によれば、申請人主張の(一)(二)の各事実を認めることができる。また、本件申請が商法四〇八条の三第二項、二四五条の三第三項所定の期間を遵守していることは記録上明らかである。

ところで、被申請人は申請人主張の株式のうち別紙目録記載(6) の一万株は、合併契約書承認の株主総会後に申請人名義に書き換えられたものであるから買取請求の対象とはならない旨主張するので、まず、この点について考えるに、

商法四〇八条の三第一項の規定により買取請求の対象となるのは、特段の事情のないかぎり、株主名簿上の株主が合併契約書承認決議および買取請求のときに現に有する株式であると解するのが相当であるところ、疎乙第八号証(株式異動証明書)、同第九号証の二・三(株主名簿)および申請人の昭和四五年九月一一日付陳述書によれば、右一万株は右決議の行われた翌日である昭和四五年五月二七日に申請人名義に書き換えられたものであることが認められる。したがつて、右決議のとき申請人は右の一万株については株主名簿上の株主ではなく、右一万株は本件買取請求の対象とはならないというべきである。

申請人は、右一万株は右決議の前から所有しており、前記総会の招集通知を受けて合併契約書の承認が議題にあがつていることを知つたので、直ちに右株式の名義書換えをしようとしたが、株主名簿の閉鎖期間中だつたためこれをなし得なかつたものであるところ、法は定時株主総会についてのみ二月の株主名簿閉鎖期間を認めたもので、臨時株主総会についてはかかる長期間の閉鎖は許されないから、もし本件合併契約書の承認が臨時株主総会で行われていれば、申請人は右一万株の名義書換えをなす余裕があつたはずであり、北日本製紙は、合併に反対する株主の議決権を減少させるため、合併契約書承認の議案を故意に長期の閉鎖期間の認められている定時株主総会に提出したものであるから、右一万株についても買取請求をなし得る旨主張するが、定時株主総会と臨時株主総会とで株主名簿の閉鎖期間に関する規定の適用を異にするとは解されないし、北日本製紙がことさらに申請人主張のような意図で合併契約書承認の議案を定時株主総会に提出したとは認められないから、申請人の右主張は理由がない。申請人の昭和四五年六月六日付株式買取請求書によると、申請人が北日本製紙に対し右一万株を含む別紙目録記載の株式を買い取るべき旨請求したことは明らかであるが、右のとおり右一万株はもともと買取請求の対象とならないものであるから、これについての買取請求の意思表示はその効力を生じないものというべきである。

よつて、本件申立てのうち、別紙目録記載(6) の一万株の買取価格の決定を求める部分は、不適法としてこれを却下すべきである。

そこで、買取請求の効果の生じている別紙目録記載(1) ないし(5) の株式合計一万三、七四五株(以下「本件株式」という。)について、以下にその買取価格を検討する。

合併に反対の株主から買取請求のなされた場合の株価決定の基準については、商法四〇八条の三第一項は「(合併契約書の)承認の決議なかりせばその有すべかりし公正なる価格」と規定するのみであるが、譲渡制限のある株式の売買価格の決定に関して、商法二〇四条の四第二項が「(株式売渡請求時における)会社の資産状態その他一切の事情を斟酌することを要す」と規定していることに照らすと、結局、本件における買取価格は、合併契約書承認決議がなされなかつたと仮定したうえ、北日本製紙の資産状態その他一切の事情を斟酌して、これを決定すべきである。そこで、右の抽象的な基準を前提として、本件においてはいかなる算定方式によるべきかを考えるに、疎乙第二ないし第六号証(いずれも東証統計月報)によると、北日本製紙は上場会社であつたからその株式については公開市場における取引価格が存在するわけであるが、市場価格は投機性を有する株式市場で形成される関係上、株式の実質的な価値とは必ずしも一致しないと考えられるので、これのみをもつて買取価格を決定するのは相当とはいえない。したがつて、本件においては、流通価格のない株式の場合と同様、別個の方式を求めなければならないところ、流通価格のない株式の価格を算定する方法はいろいろ考えられるけれども、当裁判所は、本件各資料によつて窺える北日本製紙の営業状況、および同会社自体は合併により消滅するとはいつても営業は被申請人に引きつがれて継続すること等を勘案すると、基本的には、「国税庁長官通達直資五六・直審(資)一七昭和三九年四月二五日付相続税財産評価に関する基本通達」にもとづく非上場株式の価格の算定方式(類似業種比準方式)を、本件に最も適するものとしてこれを採用する。なお、申請人は、主として一株当りの純資産額により買取価格を算定しており、これは、買取請求のなされた株式の価格決定基準に関する諸見解のうちいわゆる清算価値説を根拠とするものと解されるが、本件におけるように会社が合併によつて消滅する場合であつても、その営業はそのまま継続されるのであるから、反対株主の株式は営業の存続を前提として営業中の会社の価値にもとづいて評価されるべきであるから、申請人のとる算定方法は適切とはいい難い。

そこで、右基本通達にもとづく算定方式にしたがい、本件株式の価格を算定するわけであるが、本件各資料によると、本件株式は基本通達にいういわゆる非同族株主の保有にかかる株式であり、また北日本製紙は基本通達にいう大会社に該当する。そうすると、本件株式の価格を算定する方式は次のとおりであり、いずれか低い方の数値をもつて評価額とすべきことになる。

(1)A×{(B′/B+C′/C+D′/D+3)/6}

(2)A×{(B′/B+C′/C+D′/D+1)/4}

(3)(1) により得られた数値×0.5+配当還元価額×0.5

(4)(2) により得られた数値×0.5+配当還元価額×0.5

(右算式中の符号等の意義は、Aは、類似会社の平均株価であり、Bは、類似会社の一株当りの配当額、B′は、評価会社のそれであり、Cは、類似会社の一株当りの利益金額、C′は、評価会社のそれであり、Dは、類似会社の一株当りの純資産額、D′は、評価会社のそれであり、配当還元価額は、

株式1株当りの券面額×配当率/10% なる算式により計算した価額である。)

よつて、右各符号等について、本件各資料にあらわれた具体的数値を検討する。なお、その前提として、類似会社としては、被申請人の挙げる、被申請人、日本パルプ工業株式会社、国策パルプ工業株式会社のほかに、北日本製紙をも類似会社の一つとして用いるのが相当である。けだし、右の三社は、いずれも業種・業態が類似しているとはいつても、前記疎乙第二ないし第六号証および同第七号証(「北日本製紙の適正株価」と題する書面)によると、その規模・収益力ともに北日本製紙を上まわつているので、右三社のみを類似会社としてとりあげるよりも北日本製紙をもこれに入れた方が適当と思料されるからである。申請人は、被申請人の挙げる右三社を類似会社として用いるのは不当である旨主張するが、とくに不当とすべき理由は見出せないばかりでなく、これを類似会社として用いることが直ちに申請人に不利益をもたらすことにはならないと思われる。また、本件買取価格の決定については、合併による影響を排除して考えるべきであるところ、疎乙第二三号証の一ないし五(いずれも新聞)によると、昭和四五年二月二八日もしくは同年三月一日、北日本製紙と被申請人とが合併比率一対三・五の割合(被申請人の株式一株に対し北日本製紙の株式三・五株)で合併する旨新聞に報道されたことが認められるので、右両社の株価については、右以前のものを用いるべく、その関係上類似会社としてとりあげる他の二社の株価についても、右と同時期のものを用いるのが相当である。さらに、その余の数値については、本件買取請求に最も近い決算期における数額によるのが相当であろう。

しかして、前掲疎乙第七号証によれば、右説示の趣旨に則つた数値(計算にあたつては適宜四捨五入-以下の場合も同様とする)は、次のとおりであることが認められる。

(被申請人) (日本パルプ) (国策パルプ) (北日本製紙) (四社の平均)

(1)  株価 一三八・二六円、七三・七〇円、七三・〇五円、四五・三八円、八三円

(2)  一株当りの配当額 六円、四円、五円、二・五円、四・三八円

(3)  一株当りの利益金額 一三・四七円、六・七三円、八・二一円、四・五二円、八・二三円

(4)  一株当りの純資産額 一一九・三七円、八七・一五円、一〇七・四三円、七八・五九円、九八円

したがつて、Aは八三円、Bは四・三八円、B′は二・五円、Cは八・二三円、C′は四・五二円、Dは九八円、D′は七八・五九円とすべきである。

北日本製紙の一株当りの純資産額(D′)は、昭和四五年三月の決算における帳簿価格による純資産額を発行済株式総数で割つたものであるところ、申請人は、一株当りの純資産額を約三、〇〇九円であるとし、その理由として、右会社の土地・山林および植林についての簿価は適正な時価をあらわしておらず、右土地等の時価は簿価の一〇〇倍を下らないから、右の時価をもつて純資産額を計算すべきである旨主張する。しかし、本件記録上簿価をとくに不当とするに足る的確な資料が見当らないばかりでなく、疎乙第二二号証の一・二(営業報告書)によれば、北日本製紙は右土地等のうち土地については昭和三八年九月決算期に評価替えを行い、従前二、八五七万円であつた簿価を二億九、八五七万円に変更していることが認められ、また、本件各資料によれば、山林および植林の価額は、立木の取得価格および人工造林に要した費用の総額であつて、人工造林の樹木はいまだ伐期に達していないことが窺われるから、本件においては、右土地等につき簿価を実質上の価格として純資産額を算出してさしつかえないというべきである。

次に、配当還元価額は、本件各資料によると、北日本製紙の株式一株当りの券面額は五〇円、配当率は五パーセントであることが明らかであるから、結局二五円とすべきである。

以上の各数値を前掲の算式にあてはめて計算すると、

(1) の算式は、83×{(2.5/4.38+4.52/8.23+78.59/98+3)/6}= 68.06

(2)の算式は、83×{(2.5/4.38+4.52/8.23+78.59/98+1)/4}= 60.59

(3)の算式は、68.06×0.5+25×0.5 = 46.53

(4)の算式は、60.59×0.5+25×0.5= 42.8

となるところ、基本通達にしたがい、その低い方の数値をとることとすれば、(4) の算式による数値が本件株式一株当りの価格である。

以上の次第で、本件株式の価格は一株四三円(四捨五入)と認めるを相当とし、これをもつて本件株式の買取価格と定めることとする。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 根本真)

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